「がんに効く生活」とか

1972年生まれ。男性。2013年まで精神科医をしていました。リンクは自由です(連絡不要)。

頭が馬鹿になっている。

母がパソコンをすることはもうないだろう、と思い、はてなを退会した。

今、見たら、人生は80から、も消えていた。

母は退会すべきだ、と思っていたが、人生は80からを消すつもりはなかった。

こういうことをしてしまう。

私、頭が馬鹿になっている。

右肺を70%切り落とすまで、こういう失敗はしなかった。

右肺を切り落として、脳に血が行かなくなっている。

これは明らかだ。

+++

今朝、鉄サプリメントを1粒飲ませるところを2粒飲ませてしまった。

掌に2つ載っているな、と思ったが、先に飲ませてしまった。

飲ませてから、あっ、しまった、と思った。

こういう失敗をする。

ちなみに、この動作、立っている時にした。

立っている時は、脳への血流が特に少なくなっているみたいだ。

+++

ケアレスミスをしまくるが、母がするよりは私がする方がましだろう。

そう思い、ミスしまくるが、とにかく仕事をこなすことにしている。

+++

まっこさんのコメントを拝読。

桜井の里に入れたら、全てが終わる。

昨日は、そう思っていた。

でも、家で看るのなら、まだまだ、これから、ですよね。

4月21日(金)は、市立豊中病院への通院日(同院はがん拠点病院)。

この日どうするかが、次の課題だろう。

ショートステイを使うかどうか。

 

私は、強迫性障害がある(俗に言う潔癖症)。

右肺を切ってから、再発した。

初発は、中学校2年生の時。

どうでもいいことだが、私は、1972年9月生まれ。

1986年4月~1987年3月が、中学校2年生。

1986年4月26日にチェルノブイリ原発が爆発している。

1986年の夏(7月、8月)が辛かったのを憶えている。

セシウムを吸い込むと、(神経細胞の)神経終末からのセロトニンの出が悪くなるのかも知れない。

中学校3年生の時、受験で強いストレスが掛かった。

それを契機に、強迫性障害の症状は治まった。強迫性障害は治った。

 

話を戻す。

 

正直言うと、便の始末は辛い。

どこまで家で看るか。

これがポイントになるだろう。

 

特別養護老人ホームに入っている人を、私は、100人以上、診ている、と思う。

ちゃんと数えたことはないが、優に100人は診ているだろう。

実情は、それなりに知っているつもりだ。

 

ホームでの食事も目の当たりにしている。

 

母の寿命を縮めるようなことはしたくない。

 

私の気力、体力と、秤天秤に掛けることになるだろう。